「自助・共助・公助」路線と地方自治体の政策

2021年02月06日

今週は、月曜日・火曜日と多摩住民自治研究所主催の第41回議員の学校に参加しました。
特別企画②は学校長の池上洋通先生の講義、「『自助・共助・公助』路線と地方自治体の政策」でした。今回もとても良いお話を聞くことができました。簡単にご紹介します。

菅首相は2020年9月、就任時の言葉として「自分でできることはまず自分でやる。自分でできなくなったら、まずは家族とか地域で支えてもらう。そしてそれでもだめであれば、それは必ず国が責任をもって守ってくれる。そうした信頼のある国づくりというものを、行っていきたい」と発言しました。
しかし日本国憲法に照らしたとき、「首相」という立場の方のこの発言をどう受け止めたら良いのでしょうか?

憲法13条は、憲法9条と並んで非常に重要な条文です。
すべての国民は、単に「人」としてではなく、個人個人として、その「個人」が尊重されます。
そして国民の権利の一番に挙げられたのが「生命」の権利です。
国民の「生命権」をまず一番に掲げる日本国憲法下において、戦争することは絶対に許されません。
なぜならば、戦争とは国家の意思、国家のプログラムで個人の生命を危険に晒す行為だからです。
「国民ひとりひとりの生命を何よりも尊重する」、これが憲法13条の精神です。
そして更に憲法13条は「自由及び幸福追求」の権利を謳っています。
ここで言う「自由」とは「自己決定」の権利であり、「幸福追求」とは「自己実現」という意味。
つまり、憲法13条は国民一人一人が、自分がどのように生きるのかを選び取りながら自己実現していくことを保障する、そういう意味だということでした。
「公共の福祉に反しない限り」とは、自分の幸福のために誰かの幸福を奪うことはできないという意味。
「立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」とはつまり、「わが国の政治は一人一人の幸福を実現するためにこそある」という意味だと学びました。

憲法25条②には、「国は、全ての生活部面において、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と記されています。
つまり、社会福祉・社会保障・公衆衛生は停滞・縮減させてはいけない、増進に向けて国は努力し続けていくことが求められています。

「自助・共助・公助」路線と日本国憲法について、池上先生の講義から学んだことはこういうことでした。
国民には自己責任を求め、社会福祉・社会保障・公衆衛生の縮減を目指す自公政府の姿勢は、憲法を踏みにじる、非常に問題のあるものだと学びました。

一つ、すごく心に響いたお話がありました。
新型コロナウイルス対応のための改定特別措置法、改定感染症法などが、3日の参院本会議で自民、公明、維新、立憲民主の各党の賛成多数で可決・成立しました。
この改定により、緊急事態宣言のもとで都道府県知事は施設の使用制限を「要請」できることに加え、正当な理由なく応じない事業者などには「命令」ができるようになります。
「命令」に応じない事業者には行政罰としての過料が設けられています。

  • 緊急事態宣言が出されている場合は30万円以下
  • 出されていない「重点措置」の場合は20万円以下
  • 立ち入り検査を拒否した場合は20万円以下の過料

更に改定感染症法では、感染者が宿泊療養などの要請に応じない場合は入院を勧告し、それでも応じない場合や入院先から逃げた場合には行政罰として「50万円以下の過料」。
保健所の調査に対して正当な理由なく虚偽の申告をしたり、調査を拒否したりした場合も行政罰として「30万円以下の過料」を科すとしています。 

しかし憲法ではすべての国民に裁判を受ける権利が保障されています。
裁判を受けることもなく、なぜ応じられないのか弁明の余地もなく、一方的に罰金を科せられる特別措置法と感染症法の改定、憲法違反に他ならないと学びました。

確かに、日本国憲法のもとですべての国民が「個人」として尊重されるはずの国家の中で、「社会保障の増進」「公衆衛生の増進」の責任を放棄しながら、国民には一方的に罰を与える、個人は尊重しない・・・。
こうした状況は間違いだと感じます。