『売り渡される食の安全』

2021年04月06日

元酪農家で弁護士。衆議院議員も務め、民主党政権下で農林水産大臣も務めたという経歴を持つ山田正彦さんの著作、『売り渡される食の安全』(角川新書)を読みました。

2018年に「種子法」が廃止されました。
「種子法」は正式名称を「主要農作物種子法」と言い、日本の主要農作物である米・麦・大豆の品質を保ち、それらの優良な種子を安定的に生産し、公共の財産として供給していくことを国が果たすべき役割と定めています。
種子法が制定されたのは1952年5月でした。サンフランシスコ条約が発効されたわずか1カ月後のことです。第二次世界大戦中食糧不足に陥っていた日本は、1942年「食糧管理法」が制定され、米や麦の生産・流通・消費のすべてに政府が介入し、国民に配給されていました。日本が独立して真っ先に作ったのが「種子法」であり、この法律には「国民を二度と飢えさせない」という政府の決意と覚悟が込められたものでした。
優良な種子を安価で、なおかつ安定して稲作農家に供給される体制を保障し、食糧自給率38%とという日本の現状の中でも米の自給率だけは97%という状況を支えてきたのが「種子法」でした。

その「種子法」が2018年4月、あっさりと廃止されてしまいました。
なぜ「種子法」は廃止されたのか?
政府は「民間の参入を阻害している」と説明していますが、事実は全く違います。
種子の開発にはお金と時間がかかり、資金力のある企業でなければ参入できません。今、日本には500以上の米の品種があり、それは地域ごとの気候や風土に応じたものだそうです。しかし企業が参入すれば、そのような地域に応じた多様な品種を供給するのは効率が悪いと判断され、単一の品種が一律に作付けされることになるのではないか。もし全国一律に単一品種の作付けが行われたら、予期せぬ気候変動とかウイルスなどによる病気とか何か一つの要因で全国の農家の米が大打撃を受けるようなことにならないか。

「種子法廃止法案」について農政審議会に諮られることもなく、パブリックコメントを求めることもありませんでした。強引に進められた背景にあるのは、TPP(環太平洋パートナーシップ)です。
日本は2016年にTPPを批准し、その時日米で交わされた交換文書には、こう記されているそうです。
「日本政府は投資家の要望を聞いて、それを規制改革会議に付託し(中略)、政府はその提言に従って必要な措置をとる」と。
「種子法」に替わる新たな法律「農業競争力強化支援法」には、「種子その他の種苗について、民間事業者が行う技術開発及び新品種の育成その他の種苗の生産及び供給を促進するとともに、独立行政法人の試験研究機関及び都道府県が有する種苗の生産に関する知見の民間事業者への提供を促進すること」と書かれているそうです。
これまで税金で開発、改良してきた種子の知見を、民間業者に渡せと。

その民間事業者の筆頭に立つのは、モンサント(今はバイエルに買収されているそうです)などのグローバルアグリ企業です。
既に日本モンサントと契約を結んでいる農家があり、その契約書を見ると種子は毎年購入することになっていて、時価採取はもちろん研究目的でも分析・品種改良・複製などが固く禁じられ、違反した場合には契約農家が日本モンサントに損害賠償しなくてはならないとされているそうです。
自然界では、風などで飛ばされたほかの品種の雄しべが受粉してしまう可能性も十分あるとのこと。稲の花粉は1.5キロ四方飛散するとのデータもあるそうです。それが発覚した場合には裁判を起こされ、気が遠くなるような賠償金を請求されかねないとのこと。
実際に海外ではモンサントによりこのような裁判を起こされ、膨大な賠償金の支払いを命じられた事例が多発していて、そのお金がモンサントの経営を支えてきた実態もあるそうです。

2018年、末期の悪性リンパ腫と診断されたカリフォルニア州在住の男性が、がんを発症したのはモンサントの除草剤ラウンドアップにあるとして、モンサントを訴えた裁判を起こしました。この裁判でサンフランシスコの陪審は、モンサントに損害賠償金と懲罰的損害賠償金の合計2億8,920万ドル(約320億円)もの支払いを命じる評決を、全会一致で決定したそうです。
この裁判に後押しされ、2019年5月時点で13000件を超える同様の裁判が起こされているそうです。
また2015年には世界保健機構(WHO)の外部研究機関、国際がん研究機関が、ラウンドアップの主成分のグリホサートを「ヒトに対しておそらく発がん性がある」とするカテゴリーに指定したと発表されています。

今や多くの国がラウンドアップやその主成分であるグリホサートを禁止、または数年のうちに禁止する動きを見せています。
しかし日本は小中学校の校庭、子どもたちが遊ぶ公園などの公共施設、家庭菜園や個人宅の庭でも使われていて、100均でも売られているそうです。農協でも売られているそうです。

人間の体は、食べたものでできていると思います。地球の生命の営みの中に人間の生活もあり、それと無関係に私たちのくらしはあり得ないのだと思います。私たちのくらし・健康・生命の営みを根底で支えるのは農業だと思います。
その農業が農業従事者の皆さんの思いとは無関係に、政府の意図で民間企業、それも資金力のあるグローバルアグリ企業に売り渡されていく・・・。
しかもそのグローバルアグリ企業は安全で安価なおいしい農作物をつくりたいというのではなく、ただ儲かればいい、農家が潰れようが、人々の健康が阻まれようが関係ない、ただ儲かれば良いとの考えです。日本の農業がこうした企業に売り渡されていく、それを保障したのが「種子法」の廃止であり、TPPであり・・・。
こうした動きを阻止して、食の安全と私たち一人一人の健康・生命の安全を守るために、いまするべきことは有機農業への支援だと改めて思いました。
農業についてもっともっと本気で勉強していかなくてはいけないと、改めて強く思う一冊でした。