『異国の丘へ』満州からシベリアへの過酷な行軍物語

2020年08月15日

「面白い」というのは語弊がありますが、興味深いという意味でやっぱり「面白い」小説を読みました。
『異国の丘へ』(鳥影社)。
著者は西木 暉さんという方で、私が住んでいる埼玉県吉川市の市民の方です。
あとがきに市立図書館のリファレンス係の方々が優れたリファレンス能力を発揮してくださり、執筆にあたってご協力いただいたと謝辞が述べられています。
そんなところに深く感動し、ますますこの本を身近に感じてしまった次第です。

「シベリア抑留」という言葉は昔から知っていて、特に訪問看護の仕事を通して、シベリアでの抑留体験をお聞きする機会はこれまでもたくさんありました。
朝起きるとたくさんの人が死んでいたとか、お風呂に入ってタオルを絞った瞬間、そのタオルが凍り付いていたとか、トイレで手を洗ってドアノブに手をかけた瞬間、その手が凍り付いてしまったとか💦
そんなお話をたくさん聞きました。
でも中国で終戦を迎えた方々がなぜ、どのようにシベリアへと向かわされたのかは、これまで考えてみようと思ったこともありませんでした。

この小説は、1945年8月9日の突然ソ連が参戦する中で翻弄され、捕虜へと収容されていく満州の日本軍の一部隊に焦点を当て、描いた作品です。
名もない一人の兵卒の視点から終戦をとらえています。
それでいて二二六事件の影響を受けていたり、七三一部隊の影響を受けていたりして、どんな人でも結局は社会全体の影響を受けずに生きることなどできないのだと、改めて思い知らされます。

突然のソ連の参戦を受けて、ソ連と闘うために大隊本部に合流するために列車に乗り込んだ部隊は、ソ連の攻撃で先に進めずに右往左往するうちに終戦を迎えます。
誰かを殺すことなく、そして自分自身も死ぬことなく、生きて終戦を迎えられたことに喜びを感じます。
電車に乗っていれば日本に帰れるのだろうというのは非常に甘い考えで、気付いたときにはソ連の捕虜になり、施設に収容されています。

小説が描いているのは8月9日から、施設に収容される9月30日までです。
何かものすごい銃撃戦が起きたとか、そんな話ではありません。
それなのに、この小説には人を惹きつける何か強いインパクトがあります。
途中で止めることを許さない、とても強いインパクトなんです。

終戦前のソ連と日本との交渉で、大本営や関東軍は満州の日本人や兵隊を現地労働力として、シベリアに抑留させ労働力として使って良いと文書を出していたことを、初めて知りました。
ソ連にはそれまでに既にドイツ・ハンガリー・オーストリア・ルーマニアなどの軍事捕虜が送り込まれていて、何十万人ものヨーロッパ人捕虜が収容所で働かされていたそうです。
スターリンは日本に宣戦布告する以前から、この捕虜のうちこの4年間で病気や衰弱した50万人の兵士を祖国に返し、その代わりに日本兵の捕虜を代替えしようと考えていたという話も、初めて知りました。
ソ連もひどいけど日本もひどい!
両方がひどく、結局戦争とは一人一人の人間の人生など何も考えない、人権抑圧の最たるものだと改めて思います。

舞台でロシア語の通訳を務めたのは、増田幸治さんでした。
増田さんは私でさえ知っている、「異国の丘」という曲の作詞者でもあります。
そこまで読んだとき、この小説の壮大さを感じました。


西木暉さんのこの小説の続編、シベリア抑留の現実を一兵卒の視点から書いてくださることに、心から期待したいと思っています。