「将来への責任感」とは?

2023年12月18日

9月議会での話になりますが、「学校給食費無償化を求める請願」に対する議論の中で、一人の議員が「全ての人に全額無料で持ってあげてくれ、持ってあげてくれと申す議員にだけはなりたくない。将来への責任感がない」と発言していました。
正直私はとても驚いてしまい、この間ずっと何とも言えない気持ちで過ごしていました。

もちろんその言葉は、誰のことを指して言ったのかわかりません。
少なくとも私は「全ての人に全額無料で持ってあげてくれ、持ってあげてくれ」と言っているつもりはないので、これは私に対する批判ではありません。
が、「将来への責任」とはどういうことか、深く悩んでしまいました。

例えばアメリカの政治などは2大政党制の政治が行われていて、民主党が政権をとると福祉が進み、共和党が政権をとると経済が推し進められる。そうして双方が拮抗しながら、社会全体を推し進める力になっていると学んだことがあります。
1961年に国民皆保険制度ができたとき、当時の自民党が考えたことは「経済」も「福祉」も両方を手中に収めることで、政権を長く維持することだったと、以前読んだ『誰も書かなかった厚生省』(水野 肇著 草思社) に書いてありました。

いずれにしても、経済を推し進めようとする力と国民・市民一人ひとりのいのちとくらしを守ろうとする力。その両方がせめぎ合いながら、社会が発展するのだと私は思っています。

経済だけを推し進めようとした時代には労働者は劣悪な環境の中で長時間労働が強いられ、『あぁ野麦峠』や『女工哀史』などに象徴されるような悲劇が起こりました。また公害や薬害により、多くの方のいのち・健康・人生が奪われました。

こうした事態を改善させてきたのは、いのちとくらしを守ろうとする人々の運動の力だったと思います。
労働時間や休日を定めたり、賃金の基準を定めたり・・・。保育所が増えたのだって、「ポストの数ほど保育所を」という働く女性たちの運動があってこそ実現してきたものだと思います。病児病後児保育だって・・・。
近年でもこうした国民・市民の力が、保育無償化や新生児聴覚スクリーニング検査の無償化、広くとらえれば小中学校の教室へのエアコン設置、学校や公共施設のトイレの洋式化なども実現させてきたと思います。
実際の設置はこれからですが、体育館へのエアコン設置も然りです。
福祉を推し進めようとすることはどう考えても大切なことだし、社会が発展する上で貴重な役割を果たしているのではないでしょうか。
「将来に対する責任感」って・・・・。

議員によって依って立つところが違い、意見の相違があるのは当然です。
自分だけが正しくて、他の人はみんな間違っていると言うつもりもありません。考え方の違いは認め合っていきたいと思います。
そうは思っても、モヤモヤする気持ちが拭いきれなかったこの数カ月。

でも私は、これからも保険・医療・福祉・公衆衛生の充実を求め、平和を求め、いのちとくらしを守るひとつの
力で在りたいと思っています。
社会的に弱い立場の方々の声を市政に届ける役割をこれからも果たしていきたい…。

そう思います。