『パレスチナ紛争に至る歴史』詳細編

2023年12月07日

12月2日(土)に「東アジアを考える会」が開催した『イスラエル・パレスチナ紛争にいたる歴史』について学習会。講師の近代史研究家 柴山敏雄さんのお話を詳しくご紹介します。

イスラエル・パレスチナってどこ?

西はエジプト、東はヨルダン、北東はレバノン・シリアに囲まれ、北には地中海が、南にはアカバ湾からスエズ運河を経てインド洋へと臨む地でもあります。航路としても非常に重要な地域です。石油が算出される地でもあり、ヨーロッパ・アメリカの大国にとっては非常に関心の大きい地域でもあります。
古代の4大文明(エジプト・メソポタミア・インダス・中国)を結ぶ交通の要衝にもなっていました。

https://www.mdm.or.jp/news/25012/
https://www.mdm.or.jp/news/25012/

ユダヤ人のディアスポラ(離散)

2000年以上昔の紀元1世紀ころ、ローマがパレスチナを征服し、その後ユダヤ人はローマ帝国によってエルサレムから追放されてしまいました。
中世のキリスト教・封建社会の中でユダヤ人は差別され、最も低階層に置かれていました。土地を持つことができないユダヤ人は農業に従事することができず、商業や金貸しなどに従事するしかなく、「裕福なユダヤ人」はこうして生まれました。
またユダヤ人の中には「シオンの丘に帰りたい」「パレスチナの地をユダヤ人に」というシオニズム、ユダヤ人の民族郷土をつくる運動も広がっていきました。

イギリスの「三枚舌外交」

1914年に勃発した第一次世界大戦では、イギリス・フランス・ロシアとドイツ・オーストリア・オスマン帝国が戦いました。この時イギリスはアラブ民族を戦争に協力させるために、1915年メッカ首長フサインに「オスマン帝国と戦えばパレスチナの地をアラブ国家として独立させる」と約束をしました。その一方で1916年には「オスマン帝国が崩壊した後、その支配地をイギリスとフランスで分け合う」という秘密協定を結びました。
さらにユダヤ人から資金を集めるため、イギリスは、ユダヤ人の金融王ロスチャイルドに「パレスチナをユダヤ人の民族郷土として認める」と伝えました(バルフォア宣言)
ユダヤ人のパレスチナ移住者は1917年56,000人、1927年156,000人、1947年608,000人に上りました。

1917年に移住者が増えたのは、ロシア革命の影響です。
マルクスやロシア革命の指導者がユダヤ人だったことから反革命の人々からユダヤ人が攻撃され、それを逃れようとして移住者が増えたということでした。

パレスチナ問題を深刻化させた国連分割決議

1947年、国連はパレスチナ分割決議を採択しました。その内容は、パレスチナの総人口の3分の1しかいないユダヤ人に、またパレスチナ総面積の7%しか有しないユダヤ人に全土の57%の土地を与えるというもので、パレスチナやアラブ諸国のアラブ人には受け入れ難いものでした。これが最初の紛争のきっかけとなりました。この時期に発生したパレスチナ難民は72万人にのぼります。
シオニズムを一方的に受け入れたバルフォア宣言を軽はずみに決議に盛り込んだ国連決議こそが、パレスチナ問題を深刻化させた最大の要因です。

パレスチナ自治区

1948年5月、イスラエル共和国は独立しました。
中東戦争は1947年・1967年・1973年と繰り返されましたが、1993年、アメリカとノルウェーの仲介でイスラエルとパレスチナ双方のトップにより「パレスチナ暫定自治協定」が成立しました。
「オスロ合意」と呼ばれるもので、ヨルダン川西岸とガザ地区からイスラエルは段階的に軍を撤去させ、そこを「パレスチナ暫定自治区」とし、いずれはイスラエル・パレスチナの双方が共存することを目指したものでした。
しかし2000年代に入ると、ガザ地区には高さ8メートルもの壁が作られ、「天井のない牢獄」と呼ばれる状況が作り挙げられてきました。

ハマスとは

1980年代後半にはパレスチナに留まっている民衆の蜂起が始まり、そこからPLO(パレスチナ解放機構)に参加しない『ハマス(イスラム抵抗運動)』が始まりました。
ハマスは単なるテロ組織ではなく福祉にも力を入れている政治組織でもあり、2006年にはガザ地区では第一党になりました。ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区とは一線を画しています。

ハマスは国際社会からは「危険なテロ組織」と見られ、イスラエルもハマスが支配するガザ地区に経済制裁や軍事攻撃などを繰り返しています。

不穏な空気とアメリカ(日本)のダブルスタンダード

2004年、パレスチナ解放機構(PLO)を率いたアラファト議長が亡くなりました。
そして2006年にはガザ地区でハマスが選挙で勝ちました。
そして今、イスラエルは極右政党が政権を担っています。
イスラエルがガザを軍事攻撃する条件は、残念なことに十分に整っています。

アメリカはロシアのウクライナへの軍事侵攻は批判していますが、イスラエルの軍事攻撃は批判していません。
日本もアメリカの姿勢に、ただただ追随しています。
「ウクライナはダメだけどイスラエルは良い」って、有りなのでしょうか?
こうしたダブルスタンダードこそが更に事態を悪化させているのではないでしょうか。