『ルポ・収容所列島』

2024年02月10日

看護学校を卒業して初めて就職した、名古屋の総合病院の中の精神科病棟。
私たちが就職して間もなく、ひとりの若年性の認知症の方が入院してきました。
その方はピック病(前頭側頭型認知症)で毎日夕方になるとかなり遠方の出身地に「ちょっと行ってくる」と言い、そこはとても遠いので今日はいけないと言うと怒り出し、毎日毎日夕方はとても大変でした。他のことに手をとられているといつの間にか一人で出て行ってしまうので、何度も何度も白衣姿で名古屋城の周りを走り回り、その方を探したものでした。
怒りっぽいので大変な時もたくさんありましたが、私たち看護師はみんなその方が大好きでした。
その方のケアをすることに、誇りと悦びを感じていたと思います。

数年かけて少しずつ少しずつできないことが増えて行き、食事も着替えも歩くことも、ベッドに横になることさえ介助が必要な状態になっていきました。
それでも髭剃りをしていると剃りやすいように口の周りを動かしてくれたり、私たちが何をしているのかわかっているんだなぁと感じることがよくありました。
そして本当に自分ではほとんどのことができなくなってしまった時でさえ、「この頃横着な人間になってしまった」とたどたどしいながらも口にしました。

認知症だから何もわからなくなったということでは決してない、表現できないだけで分かっていることもたくさんあるし、そのことに心を寄せてケアしなくては、それはケアではない・・・。
そんなことを深く学んだ日々でした。
そしてこの学びは、その後も看護師として働くうえでの礎となりました。

そんな経験を持つ私にとって、この本は衝撃でした。『日本の精神医療を問う ルポ・収容所列島』(風間直樹・井艸恵美・辻麻梨子著 東洋経済)。
パーソナリティ障害との診断で自傷他害の疑いもなく、処方すら必要としない状況なのに数年にわたって閉鎖病棟に閉じ込められ、子どもとも引き離され、親族との連絡さえ取れないような状況に置かれた女性。
摂食障害で入院した若い女性が、やはり自傷他害の疑いもないのにベッドとポータブルトイレ以外何もない保護室に閉じ込められ、身体拘束された上に経鼻胃管チューブでの強制的な食事摂取。
医師の診断もないのに、警察の手法を真似て寝起きを襲い、有無を言わせず精神科病院に「連行」する民間移送会社。
横行する暴力と人権侵害。
入院日数が短縮されベッドが空いた精神科病院に、認知症の患者さんが急増しているとのこと。
その方々は一体どんなケアを受けているのでしょう。
少なくとも、私が学んだ認知症ケアとは全く異質なものであることは明らかだと思います。

精神科医療の在り方と人権について、改めてしっかりと考えたいと思う一冊です。