『祈りの大地』
つい最近観たもう一つのお芝居は、劇団民芸『祈りの大地』(シライケイタ作・演出)です。

地下室を作るために掘り起こした自宅の地下から発見された、白骨を巡る物語です。
100年前の関東大震災で朝鮮人が暴動を起こしているという流言が流布され、不安に駆られた自警団は暴動など起きてもいないのに、地域に住む朝鮮人母娘を殺めてしまいました。
その二人を匿うために奔走したおじいちゃんのおばあちゃん。
母娘を守り抜くことができなかったおじいちゃんのおばあちゃんは畑に二人の遺体を埋め、その土地の大家さんの息子と結婚して、ふたりを供養し続けたのでした。
そしてその事実は、おばあちゃん子だったおじいちゃん一人だけが知っていた秘密でした。
1919年に起きた朝鮮の3.1抗日運動。
その運動に参加したために日本人に家族を殺された朝鮮人がいて、一方でその運動で朝鮮人に殺された日本人がいて。でも一人ひとりの人間は双方の民族を憎むのではなく、一人ひとりの人間をちゃんと見つめる目を持っていたこと。
朝鮮と日本の文化交流というのは本当に古く双方の歴史に根差していて、例えば「朝鮮飴」は朝鮮で生まれたものではなく、豊臣秀吉の朝鮮出兵の時に加藤清正が朝鮮に持ち込んだものであったこと。
「長生飴」と呼ばれていた飴が朝鮮に定着して、「朝鮮飴」になったこと。
朝鮮飴はもち米と水飴と砂糖でできていて、栄養価が高く、保存性に優れていたこと。
現代の日本で「歴史修正主義者」たちの声がどんどん大きくなっていて、関東大震災時の朝鮮人虐殺はなかったかのような言説が流布されています。
そして9月1日の墨田区横網町で朝鮮人犠牲者を追悼する集会が開催される一方、その同じ公園で歴史修正主義者たちがそれは「自虐史観」だと声を張り上げています。
歴史修正主義者たちの主張は明確で、輪郭がはっきりしているのに、清々しくない。そして彼らは笑っていない。「フワッ」としていない。
そんなことが、とても丁寧に描かれていました。
朝鮮人母娘を助けようと奔走していたおじいちゃんのおばあちゃんはかつて朝鮮に住んだことがあり、その場所は水原(スウォン)でした。
実は朝鮮人母娘も、かつては水原に住んでいたのでした。
その水原に私も昨年行きました。
朝鮮人母娘とおじいちゃんのおばあちゃんの会話の中に「水原」が出てきた瞬間、私もその物語の一員であるかのような錯覚に陥りました。朝鮮の歴史や文化や生活や地理を日本人がちゃんと理解していたら、「虐殺」などという悲しい歴史は起こらなかったのではないかと、上手くは言えませんがそう思いました。
