『鴨居に朝を刻む』
昨年末、最後に観た舞台は『鴨居に朝を刻む』(くるみざわしん作、川口龍出演)でした。

このお芝居はくるみざわさんのお祖父さん、胡桃沢盛さんが10代から41歳で亡くなるまで24年間に亘って書き続けた日記をもとに作られた作品です。
明治38年に生まれた盛さんはその時代の人らしく、若い頃は社会主義の影響を受けていました。しかし日本が軍国主義国家へと向かう中で、次第にその波に呑み込まれて行きました。
30代で長野県河野村の村長となり、1940年の紀元2600年の記念式典に招かれ、天皇と会食をし・・・。
そうしたことが次第に盛さんを変えていきました。
当時国策であった満蒙開拓に村民を送り出すかどうかを悩み、満州を視察に行きますが、そこで「ここは良い村だ」と感じ、「俺も男だ」と分村をして開拓民を送り出すことを決めました。
そして敗戦。
満州に渡った村民たちは集団死を選択し、それを知った盛さんは鴨居に自らの身体を預けました。
舞台は①満州事変が起こり世の中はキナ臭さが増していき、盛さんは村会議員を務めていたもののまだまだ若く、未来に希望を抱いていた時代。
②紀元2600年の式典に招かれ、軍国主義の中に巻き込まれて行きつつある時代。
③体制に巻き込まれ、分村を決めて満州に開拓団を送り出し、恐らくそうした行動に疑問を抱かなかった時代。
④敗戦後村民が戻らず、気持ちが沈み、自死へと向かっていく時代。
4つの時代に分けて盛さんを描いていました。
舞台の中で何度も「天竜川」が描かれていました。
実は私が生まれ育った稲武町から天竜川、伊那谷は案外と近く、子どもの頃に近所のおじさんに何度もドライブに連れて行ってもらった記憶があります。
その天竜川は「大雨が降ると龍が地面をのたうって跳ねまわるみたいに川があっちに飛びこっちに飛び」「雨がやむと雲の裂け目から日の光がさす。その光に乗って龍がするするっと天に昇っていくと、あんなに暴れとった川がおとなしいせせらぎに変わっちまうんだで、龍が天に昇ったとしか思えん。なんでも飲みこむ龍だに」と描かれていました。
その時代や、時代に巻き込まれていった人々や、盛さん自身を象徴しているように感じました。
お芝居もさることながら、作者のくるみざわさんと東京新聞論説委員の佐藤直子さんとのアフタートークが非常に強く印象に残りました。
満州や沖縄での集団自決は非常にたくさん起きていますが、それを生んだのは「家父長制」だというお話しです。女性は男性の持ち物であり、恐らくその女性たちの貞操を守る、保護するというのが集団自決の論理で、男性ばかりの集団では集団自決は起こらないとのお話でした。
しかも集団自決をするときには殺す順番が決まっていて、最初に殺すのは長男、こども。最後に殺すのは嫁。
舞台の中で盛さんは子どもや妻を道連れにして死のうと考えますが、妻から「バカ!」と言われて一人で死ぬことを選択します。
この「バカ!」という言葉はとても重要で、集団自決を決意していく中で誰か一人でも「バカ!」と言う人がいたら、違う選択をしていたかもしれない。実際に沖縄では子どもが「いやだ」と意思表示をしたことでみんなが我に返り、集団自決を免れたという事例もあるそうです。
どちらもとても印象深いお話でした。
このお芝居は一昨年、江古田のギャラリー古藤で上演された時も観に行きました。
その時とは違って「舞台」で、したがって照明や音響もしっかりとしたものになっていて、大道具もしっかりと作り込まれていて・・・。
そのせいもあったのか、1年前とは全然違う芝居のように思えました。
何よりも俳優の川口龍さんがすっかりと盛さんになり切って、というか盛さんそのもののように思えました。
私はくるみざわしんさんのお芝居が大好きですが、何度観てもとても難しい作品だとも思います。それは言葉がとても豊富で、したがって台詞も膨大。しかもそこに、精神科医ならではの独特の世界が展開していくようで、とても難しいと感じるのです。
その芝居をひとりで約90分、演じ切る川口龍さん。今回も熱演でした。
