『ヒットラーの娘』
昨日、ちょっとした打ち合わせで赤羽にある「青猫書房」さんに行きました。
赤羽駅から徒歩で6分程度だと思いますが、商店街を通り抜けた住宅街にある本屋さんです。そしてここに並んでいるのは私が子どもの頃に夢中になって読んだ本や、子どもたちに繰り返し読み聞かせした本の数々。更に、「こんな本が出てたのか!」と驚くような本。
見ているだけでとっても楽しくなり、ついついたくさん買い込んでしまいました。
そして今日、昨日購入した『ヒットラーの娘』を読みました。

胸に迫る素晴らしい物語でした。
多分中学生向けくらいの本だと思うのですが、いろいろなことを深く考えさせられます。
もしも私がヒットラーの娘だったとしたら、家族として娘としてお父さんの大虐殺と無謀な戦争を止めることができただろうか?
ヒットラーでなくポルポトだったとしても、娘は父親の暴走を止められるのか?
そして、ヒットラーの子どもはその責任を問われるべきなのか?
なぜ国民たちはヒットラーの暴走を止めることができなかったのか?ユダヤ人やロマや同性愛者やヒットラーに反対する人々、1100万人もが大虐殺されたというのに。
そしてヒットラーやポルポトでなくても、親が大量虐殺者や殺人犯であった時、その責任は子どもにもあるのだろうか?
子どもには正しい情報は何一つ伝えられていなかったのに。
ヒットラーが政権を握った時、国民のみんながみんな必ずしもヒットラーを支持したわけではありませんでした。でもほとんどの人がヒットラーを正しいと思っている中で、それはおかしいと気づいた人はどうしたら良いのか、どうするべきなのか。
その声をあげられずに黙っているうちに、気付いたら世の中は大変なことになっていて。
子どもが読む物語としてはどこまでも答えがなく、その答えを自分自身が生きていく中で模索し続けることを求められるかのような物語で、苦しく難しい本のように思います。
でも、ぜひとも向き合っていってほしいお話しでもあります。
今はまだ小学生の孫たちが大きくなった時、ぜひ読んで欲しいと思う一冊でした。このまま孫たちにプレゼントしようと思います。
