『菊池事件』
1951年熊本県菊池郡で起きた、ハンセン病患者さんが犯人とされ、再審請求が棄却された翌日に死刑が執行された菊池事件。先月末に4回目の再審請求が棄却され、弁護団は今月2日に即時抗告しました。
『菊池事件 ハンセン病差別の壁をこえるために』(徳田靖之著 かもがわ出版)を読みました。

著者の徳田さんは菊池事件再審西日本弁護団共同代表で、「らい病予防法」違憲国賠訴訟弁護団共同代表、薬害エイズ九州訴訟弁護団でも共同代表を務めた方です。
1951年、村役場の衛生課の職員の自宅にダイナマイトが投げ込まれました。
犯人はこの職員によってハンセン病感染者だと通報され、菊池恵楓園への入所を勧告されていたFさんが逆恨みしての犯行と決めつけられました。
Fさんは菊池恵楓園に作られた「特別法廷」で懲役10年の判決を受けました。
1952年、Fさんは自殺を考えて、菊池恵楓園から逃走しました。そしてその逃走している最中、町役場衛生課の職員の他殺体が山の中で発見されました。
またもや犯人はFさんと決めつけられ、山狩りで発見され、その際Fさんは4発の銃撃を受けました。そのうちの1発は右前腕への貫通射撃だったとのこと。
しかし逮捕後Fさんは十分な治療を受けることなく、痛みに苦しみ呻吟する中で自白調書がつくられました。
菊池恵楓園に作られた「特別法廷」の中で、裁判官や検事・弁護士は予防衣を着用。証拠品を箸でつまみ、まるで汚物に触れるような対応をしました。本人が否認しているのに弁護人はまともな弁護をしようともしなかったそうです。
そんな裁判で死刑が確定し、死刑が執行されたのは3度目の再審請求が棄却された翌日でした。
この事件に対して、二つの再審請求がされています。ひとつは親族による再審請求であり、もう一つは国民的再審請求と呼ばれているものです。
そしてこの再審請求の特徴は、既に死刑が執行されている再審請求だということです。
これまでに死刑が執行された後で再審が開始された事件は一件もありません。
万が一再審が開始されることになると、国が無実の人を殺してしまったという、とんでもない、あってはならない事実を明らかにすることになり、自らの判断により死刑制度の問題点が露呈して制度の存続自体が崩壊しかねない事態を招くことになるという事実に直面してしまうからです。
もう一つの特徴は、ハンセン病隔離政策によってもたらされた偏見差別によってつくられた冤罪だということです。
衛生課の職員の遺体にはいくつもの傷があり、頸動脈が切られていました。しかしFさんの衣類には返り血を浴びた痕跡がなく、凶器も発見されませんでした。
家族がFさんから職員を殺してきたと聞いたと証言をしていますが、偽証罪が時効となる8年後には証言したご家族は「警察が言ってもいないことを勝手に書いたものだ」と証言しています。
ご家族も職員を殺す人はFさんしかいないと思い込んでいたとも証言していますし、更にその背景にはハンセン病に罹患し菊池恵楓園への入所を余儀なくされたFさんに「早く死んでほしい」という気持ちを抱いていたとも話しています。
身内からハンセン病感染者が出た時、家族も地域の冷たい視線に晒され、肩身が狭くなるほど追い詰められた中での証言だったようです。
この裁判は人間としての尊厳を侵害した審理であり、憲法13条に違反しています。
また公開の裁判を受ける権利を保障した、憲法37条に違反しています。
国選弁護人の背信的な弁護活動は、弁護人による実質的な弁護を受ける権利を保障した憲法37条3項に違反しています。
しかし残念なことに、現在の刑事訴訟法の再審に関する規定には、憲法違反の心理がなされたこと、憲法違反の判断がなされたことは再審開始要件に挙げられていません。
これを理由に再審が開始されない可能性があります。
しかし、憲法は国の最高法規です。憲法98条には「この憲法は国の最高法規であってその条規に反する法律・命令・詔勅・及び国務に関するその他の行為の全部または一部はその効力を有しない」と書かれています。
ここにいう「国務に関する行為」には、裁判所の判決も当然含まれます。憲法に違反する判決は効力を有しない、つまり無効ということになります。
ただ、判決は裁判所の行為であり、裁判所によって無効であると明らかにされない限り、無効であることが確認されません。
刑事訴訟法には「非常上告制度」というものがあり、「検事総長は判決が確定した後その後の審判が法令に違反したことを発見した時には、最高裁判所に非常上告をすることができる」と書かれているそうです。
この申請がされると違反した部分は取り消され、被告人にとって不利になっていることがわかれば、新たな判決がなされることになっているそうです。
確定した判決に対して、単なる法令違反であった場合ですら、このような手続きによってあらためられることになっています。それならば、憲法違反の心理が行われたことが明らかになれば当然、これを取り消すことが認められなければおかしい・・・。
こうした問題を抱えているのが菊池事件であり、今回の再審請求の棄却が非常に重い問題であることがよくわかりました。
