「自殺を防ぎたい 『満蒙開拓』の集団死を振り返る
少し前の話になってしまいましたが、古い友人に誘われて長野県豊丘村立豊丘中学校で開催された人権教育講演会、「自殺を防ぎたい『満蒙開拓』の集団死を振り返る」に参加させていただきました。
講師は私が追っかけをしている、劇作家で精神科医の胡桃沢伸さんでした。
精神科医で満蒙開拓や自殺の問題とも無関係ではない胡桃沢さんが、中学生を前にどんな話をされるのか、とても興味がありました。「興味」と言ってしまうとちょっと失礼な気もするのですが。
豊丘村は長野県にあり、かつての国策で満州に開拓民を送り出した村でもあります(当時は河野村)。
満州開拓民は日本の軍隊が守ると言われていましたが、敗戦時には軍隊はいなくなってしまい、男性たちは兵隊にとられてしまいました。中国人が自分たちの土地を取り戻しにきた時、生きて帰れないと思った河野村の開拓民たちは集団死を選択しました。
胡桃澤さんのお祖父さんは当時河野村の村長を務めていて、開拓民を送り出した人でもあります。
そして開拓民の集団死を知り、自死した人でもありました。
開拓民の母親たちが自らの手で子どもたちを殺し始めた時、その中にいた当時15歳の少年は「手伝って」と言われたそうです。「子どもを殺すのを手伝って」という意味です。
「イヤだったらやらなくてもいい」「どうしたい?」と聞いてくれる大人はいませんでした。本当は「手伝い」などしたくなかったのではないでしょうか?
少年も子どもたちも「イヤダ!」と言えていたら良かった。
沖縄では一人の子どもが「イヤダ!」と言ったことで大人たちが我に返り、集団死を止めた事例があります。
「お手伝い」とは大人の言うとおりにやりましょう、やりなさいという意味があります。
お母さんたちも誰かの言うとおりに行動していました。胡桃澤さんのおじいさんも。
もしお祖父さんが「イヤダ!」と言っていたら、河野村の人たちは死にませんでした。
戦争は自分の一番大事なものを渡さなくてはいけなくなります。
お母さんたちは自分の子どもの命を自分で終わりにしなければなりませんでした。それが戦争です。単に殺し、殺されるのではなく。
「人権」とは自分がやりたくないことをお手伝いさせられそうになった時、「イヤダ!」と言えること。
「イヤダ!」と言うのは人権。
お祖父さんもみんなも、命令に従ってしまいました。
開拓民の死を知った胡桃沢さんのお祖父さんは自殺をしようとしました。
そしてパートナーである胡桃沢さんのお祖母さんに一緒に死んでほしいと言いました。しかしお祖母さんは「バカ!」と言い、お祖父さんはひとりで死にました。
もしお祖母さんが「バカ!」と言わずに一緒に死んでいたら、胡桃沢さんはいませんでした。
でも「バカ!」という言葉がお祖父さんの死にたい気持ちを閉じ込めさせてしまいました。
「死にたくなるのも当たり前だ」と一言言えていたら、お祖父さんは死ななかったかもしれません。
お祖父さんの気持ちを聞いてくれる人がいませんでした。
そんなお話でした。
この前段には精神科医としてのお話しがありました。
「がんばれ」と言われてもがんばれないひとたちがいて、精神科医療はどちらかというとがんばれない人たちのそばにいる。
辛い状況にある人に「がんばれ」と言うのではなく、そばにいる。
どうでも良い、普段と同じ話をする。辛い時、自分に向かっても「がんばれ」と言わない。
「死にたい気持ち」を人に話すと「死にたい気持ち」が小さくなる。「死にたい気持ち」に蓋をしない。
人間には一人の人の中に正反対な気持ちがある。「死にたい⇔死にたくない」「好き⇔嫌い」「愛している⇔憎い」が同時にある。「死にたい気持ち」の中に止めたい気持ちが同時にある。
・・・そんな話を踏まえてのお話しでした。
中学生のみなさんは満蒙開拓や集団死についてもよく学んでこられたのだと思いますが、質疑応答の時間には非常にハイレベルでびっくりするような質問が出され、とても驚きました。
胡桃沢さんが『鴨居に朝を刻む』という作品の中に描いていた、天竜川を見てきました。山の中を激しく蛇行した川で、確かに悪天候の時には竜のように暴れるのだろうなぁと思いました。
私たちが訪ねたときは天候も穏やかだったので、竜はどこにもいませんでしたが。
