『振って、振られて』

2023年03月11日

劇団俳協研究生公演『振って、振られて』(くるみざわしん作 増田敦演出)を観てきました。

「日本国憲法を真正面から取り上げた作品」と聞き、憲法の何をどのように芝居に描くのかと興味津々で観に行きました。
くるみざわ作品はこれまで「あの少女の隣に」「ひとつオノレのツルハシで」「私、精神科医編」と観てきましたが、どの作品も鋭くて深くて、精神科医ならではの人間に対する深い洞察があって、私はすっかり魅せられています。
今回の『振って、振られて』も、一言では表現しきれないスゴイ作品でした。

故安倍元首相以来、政府自民党は改憲に前のめりです。時代が進んで憲法が2度に亘って改訂され、9条も変えられ、緊急事態条項も書き込まれ、3回目の改憲のための国民投票が行われる当日の夕方、出口調査の結果では改憲はほぼ決定的という場面での、憲法学者の研究室が舞台です。
今度の国民投票では
第97条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、
過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。
の廃止が問われています。

体制側に取り入り、その威を借りる改憲側の椿先生は護憲派の林典子教授や助手を威嚇し、「国があっての個人」「人権なんかいらない。国があればいい」と言い募り、まるで戦前の熱狂のように日の丸を手に取り、振ることを迫ります。
悲惨なアジア太平洋戦争の加害と被害、ヒロシマ・ナガサキへの原爆投下を経て日本国憲法が制定された歴史すら否定し、「本当に原爆なんか投下されたのか?」とさえ言い募ります。

椿先生はとても嫌な人で憎々しい奴なのですが、多分見ていた観客全員が「こいつ嫌い!」と思うほど、とっても上手な演技でした。素晴らしかったです。
権力に媚びを売りへつらう人間は簡単に切り捨てられます。
国や政治の在り方への哲学がなく、歴史に学ぶこともなく、媚びを売ることとへつらうことだけが全てなので、ちょっとした失敗で簡単に切り捨てられてしまうのです。
権力側にとって都合の良い人間としてもてはやされているうちはまるで自分も権力側の一員になったような錯覚の中に生きているけれど、実は権力側に踊らされているだけの「不自由さ」に縛られて生きている一人に過ぎない・・・。

じゃぁ本当の自由って何なのか・・・。
そんなことを描き出した一作だったと思います。
今回の公演は、研修生のみなさんがこの作品を自ら選んでの上演だったそうです。
なぜ研修生のみなさんがこの作品を選んだのか、聞いてみたいところです。
観客も若い人がとても多く、何故この作品を観に来たのかと聞いてみたい気がします。
改憲に前のめりの政治が続きますが、政府の姿勢に不安と戸惑いを覚え、安易な改憲を良しとしない人々のすそ野の広さもまた感じさせていただきました。
充実した一日でした。