『電通事件 なぜ死ぬまで働かなければならないのか』

2021年08月15日

『電通事件 なぜ死ぬまで働かなければならないのか』(北健一著 旬報社)。高橋まつりさんの過労自死が明らかになって間もない、2017年に出版された本です。

2015年月に夢を抱いて電通に入社した高橋まつりさんの主な仕事は、ネット広告のデータを集計・分析してレポートを作成し、ネットに広告を出す企業に改善点などを提案し、実行することだったそうです。
その過酷な労働状況は高橋さん自身がTwitterやLINEなどのSNSに残していて、新聞やテレビなどでも繰り返し報道されました。
「休日返上で作った資料をボロくそに言われた もう体も心もズタズタだ」」(10月13日)
「もう4時だ 体が震えるよ・・・・ しぬ もう無理そう。つかれた」(10月21日)
10月25日の週は日曜日の午後7時半に出社して、水曜日午前0時42分まで会社にいて、更にその水曜日の朝9時半に出社。この週の残業時間が47時間を超えていたとのこと。

なぜ、そんなにも働かなくてはいけなかったのか・・・。
先日ご紹介した『電通巨大利権』でもお伝えしましたが、電通は世界の広告市場の1割を占める日本市場で25.3%のシェアを確保し、第一位の売上高を保持する巨大な会社です。特にシェアが高いのはテレビの37.6%で、テレビCMは電通の有力な収入源です。
が、ネットの伸長によって「マスコミ4媒体(テレビ・新聞・雑誌・ラジオ)で高いシェアをもつ」という強みの値打ちが低下しつつあることが同社の悩みと、著者は書いています。ネットにやみくもに手を出して、それがうまくいっていないことが高橋さんの過労自死事件の背景事情になっていると・・・。

東京過労死弁護団の尾林芳匡さんは「IT、システムの仕事は年長の役員・管理職には技術が乏しく、仕事のイメージと納期と価格だけ上で決めてきて、実際の作業は20代・30代に回し、上司が配慮しきれずに過重な責任を負わされる」という状況を危惧する。ITスキルの世代間偏在が、若い働き手の心身の過重な負担を引き起こしていると、記されています。
テレビ・新聞など既存メディアへの広告は、基本「出せば終わり」。
しかしネット広告は表示回数、クリック回数などで効果が細かく測定され、その結果次第でどう掲載するかを変えることができる。「変えることができる」というのは良いことのようだが、実は際限がない、と。

高橋さんが働いていた「ネット広告部門の無理は火を噴いていた」そうです。
2016年9月、ネット広告での電通の不正請求が発覚しました。クライアントから依頼された広告が一部出稿できなかったのに、全部出稿できたことにして予定通りの費用を請求したというものでした。同年9月22日までに確認された「不適切業務」の可能性のある案件は633件、クライアントは111社、その広告料は約2億3,000万円にものぼったそうです。
この件での記者会見で電通幹部は、「背景に人手不足があった」と認めたそうです。自然現象ではありませんでした。
2015年10月、高橋さんの部署は人員が14人から6人に減らされ、高橋さんはそれまで担当していた保険会社に加え証券会社も担当させられ、仕事量がぐっと増えました。
なぜ人員を減らしたかと言えば、予定通り売り上げが上がらなかったから、投入する人員を減らすことで「部門採算」の黒字化を図ったと考えるのが自然だと。

日本は「人数と気合いさえあればできる」ことを突き詰めすぎた。「今50代60代の経営層、マネジメント層が高度成長やバブル期の成功体験のまま、今でも会社を運営している。そこに無理が出ている。人はいないし、若い人はそんなにガムシャラに働きたいとも思っていないし。この国がゆっくり階段を下りていく中のゆがみの一つだと思う」と、電通元社員の前田さんが本の中で語っています。

2019年4月から、安倍内閣が進めた「働き方改革関連法」が順次施行されています。
法案審議に際し、安倍前首相は第2回「働き方改革に関する総理と現場との意見交換会」において、こんな発言をしているそうです。
「働き方改革は安倍政権にとって最重要課題の一つです。なぜ最重要かと言えば、日本は人口が減少していくわけですが、その中でも成長していかなければ、延びていく社会保障費に対応できない。そのためには生産性をあげていかなければならない、という側面があります。働き方改革を進めていくことで生産性の向上に結び付いていくと同時に、それぞれの人々にとってより豊かな人生とも結びついていくのではないか」と。
働き方改革の主眼が生産性の向上に置かれていることに、著者は疑問を呈しています。

そして、働き方についての新たなモデルをいくつか示しています。

◆ロイヤルホールディングスの黒須康宏社長は、「競合店が増え、生活習慣が変化するなかで、深夜や朝の客も次第に減ってきている。客が来ないのに無理をして開けている必要はない。朝や深夜を短縮した分、一番客が来てくれるランチやディナーの時間帯に従業員を手厚く配置することができる。そうすれば、充実したサービスを提供できるようになる」「従業員に幸せな人生を送ってもらうためにも、長時間労働ではなく、余暇が取れる環境を整えなくてはならない。そのために、営業時間の見直しに取り組んでいる」と。

◆仏壇仏具の製造販売を手掛けるお仏壇のやまきでは、従業員が長時間労働になっていた反面業績が伸び悩み、接客の見直しに着手。改善策を検討するため、売り上げ成績が良い社員の働き方を分析したところ、そうした社員は残業をせず有給休暇もきちんと取得。家族との時間を大切にしていたことが、大切な家族を思うお客様の気持ち、家族を失った気持ちに寄り添った仏壇仏具、墓石などの販売に活かされたことが分かったそうです。
そこで「家族と過ごす時間の最大化」と「会社にいる時間の最小化」をめざすワークライフバランスを経営戦略に掲げ、18時閉店の徹底や、店長の査定にも従業員の残業時間や有休消化率を取り入れました。
その結果、定時帰りが当たり前になり有休消化率も100%に。更に従業員の満足度が向上して離職も減り、15年度の業績は08年度と比べて40%も向上したそうです。

残業が発生し長時間労働を余儀なくされる原因は、業務量・人員不足など、多くが「業務の在り方」に関わっている。「顧客からの要求」への対応も含め、そこに手を付けていくことが働き方改革のカギの一つと著者は書いています。
過労死を防ぐには、「笑って仕事ができること、早く帰っていいんだという職場風土、そしてへんだなと感じた時異議申し立てができることが重要」と、立教大の砂川教授の言葉が紹介されています。
そしてそのすべてができるのが労働組合だと、労働組合へのエールで結ばれています。

全126ページ。気軽に手に取れる本ですが、中身はとても濃いと思いました。
教職員の働き方についても触れられていて、読み応えのある一冊でした。