介護職の尊厳

2024年03月09日

90年代中盤から訪問看護の仕事をしていたので、介護職員のみなさんと協力し合って仕事をする場面は非常にたくさんありました。

訪問看護を始めてまだ間もなかった頃、こんなことがありました。
胃がんの終末期の女性でした。何を食べても美味しくない、食べたいという意欲がわかない、食べられるものが何もない・・・。そんな日々を送っていました。
ヘルパーさんが訪問して食事の準備をしてくれていたのですが、「何が食べたいですか?」と聞かれるのが一番辛いと話していました。
でもある日、すごくニコニコとして嬉しそうな様子で話をしてくださいました。
昨日来たヘルパーさんがフレンチトーストを作ってくれたと。
バターでこんがりと焼いて、食べやすいように切れ目を入れてくれて、おまけにパラパラと砂糖をまぶしてくれて・・・。あんなに美味しいもの、生まれて初めて食べたと、本当に嬉しそうでした。
そのお話を聞きながらその時の光景が目に浮かぶようで、私はひどく感動してしまいました。
フレンチトーストなんてどちらかと言えば手抜き料理です。
でもそのヘルパーさんは手抜きをせずに、見た目も美味しくなるように、そしてその方の食欲が増すように、食べやすいように、いろんな配慮をして作ってくださったのだと思いました。
そのことがご本人にも伝わり、その方もその気遣いを心から嬉しく思い、だからこそ本当に美味しかったのだろうと思いました。
終末期に向かう薄暗い部屋に小さな灯りがともったような、そんな気がしました。
人生の終末気だからもう食べられなくても仕方がない、食べられなくても当たり前ではなく、そういう方にほんの少しでも食べる悦びを感じていただくために何ができるのか・・・、それこそが「プロ意識」だと思いました。

デイサービスをしていた時は、こんなことがありました。
認知症が重く、ほんの少し前のことでも忘れてしまう方で、プライドの高い方でした。
もう相当長い期間お風呂に入っていないものと思われましたが、「お風呂に入っていますか?」とお聞きすると「入っているに決まっているでしょう」と言われ、デイサービスでお風呂に入りましょうとお誘いすると、「そんなもの自分の家で入るわよ。なんでこんなところで入らないといけないの」と言われてしまいます。
どうしたら入っていただけるのか、みんなで頭を悩ませていた時、一人の介護職員さんがある日下着をもって出勤してきました。
そしてその方をお誘いして洗面所に向かうと、自分から率先して服を脱ぎ始め、「お風呂に入るから一緒に入りましょう」と声をかけました。
するとその方は初めはびっくりしたようですが、仕方ないなぁという感じで衣類を脱ぎ始め、終に入浴に成功したのでした。
そしてその日から、その方の入浴介助の当番職員は下着を持参して出勤するようになりました。
どうしたらその方にお風呂に入っていただけるか・・・、そんなことに悩む日々は終わりました。
頑なに施設での入浴を拒んでいた方でも言葉かけ一つ、対応一つ工夫することでお風呂に入っていただくことができる、そして清潔な状態を維持することができるという事実に私たちはとても感動していましたし、誇りでもありました。

すごく感動したのはウンチの話です。
その方も重い認知症でした。
遠方から引っ越してきたばかりで、まだ新しい環境にも慣れられず、とても緊張されていました。
初めてデイサービスを利用するその日の早朝、どうやら便を失禁してしまったようです。
そしてそれは大変なことだということは十分に認識されていて、なんとか隠さなくてはと思ったのだと思います。
失禁した便を丁寧にハンカチに包み、バッグの中に入れて、デイサービスに持ってきてしまいました。
手や衣類にも便が付着していたので、送迎バスの中はかなり匂っていたようでした。
お迎えに行った介護職員から連絡を受けていたデイサービスの職員は、その方が到着すると「汚い」とか「汚れている」とか「臭い」とか、そんな言葉は一言も言わずに「こちらですよ」と浴室に案内しました。
そして丁寧に身体を洗い、衣類を交換しました。
お風呂から出るとその方は、大急ぎでバッグの中身を確認しました。
ハンカチに包んだ便、多分ご本人はそれが便だという認識はなかったのだと思います。人に見られては行けない、自分だけの秘密にしておきたい何か・・・。
それがちゃんとあるかどうかを確認したかったのだと思います。
そして実はその中身、便はその方がお風呂に入っている間に介護職員さんが捨ててしまい、その代わりに清潔なタオルを丁寧にたたんで、バッグの中に忍ばせたのでした。
その方はバッグを開けてきれいにたたまれたタオルを確認し、「あった!」と、ものすごくホッとしていたそうです。

介護職員のみなさんの配慮、すごくないですか?
プロの仕事だなぁと思います。
他にももっともっとたくさんあるのですが、ご紹介しきれません。

厚労省が示している今回の介護報酬改定、それでなくても厳しい経営状況の訪問介護に更に追い打ちをかける内容です。介護を必要とする要介護者とその家族の尊厳を下支えする仕事なのに、軽んじられていると感じます。
ひどいと思います。
この報酬改定には様々な団体が抗議をしていますが、一つの職能団体の方々からは「私たちの誇りを傷つけた」との声が挙げられました。
その通りだと思います。
介護職員の尊厳を守れと言いたいです。