精神科医療の「強制入院」の問題

2023年05月18日

私のそれなりに短くはない訪問看護の経験の中で、忘れられない方が何人かいらっしゃいます。
その中でも最も忘れられないのは、未治療の統合失調症の息子さんが主介護者だった方です。

90歳を過ぎたころからその方は頻繁に救急車を呼ぶようになりました。搬送先の病院では特にこれといった問題も見つからず、1~2泊入院をしてすぐに返されるということを繰り返していました。
どうやら不安感が強いらしく、また薬を処方してもちゃんと飲めていないようでした。60代の息子さんと二人暮らしで、その息子さんに病状を説明しようとしてもそもそも面会にあまり来ないとのこと。なんとか病状の説明をすることができても会話が成立しない、信頼関係が築けないとの病院からの情報でした。

息子さんは一体どういう方なんだろうかと興味津々で、わたしがその方を担当することになりました。
毎週定期的に訪問する中で、いろいろなことが分かりました。
その方の住居の敷地に車を停めて車外に出るとすぐに、息子さんの大きな怒鳴り声が聞こえてくるのです。
最初はちょっとびっくりしましたが、すぐに息子さんは被害妄想があり、幻聴と闘っていることが分かりました。何度か話をするうちに若いころに統合失調症(当時は精神分裂病)と診断され入院させられたことや、その病院が怖くて怖くて逃げだしたこと、それ以降一度も治療は受けていないということが分かりました。
人生の終末気を迎えたお母さんが近々亡くなるという事実を受け止めきれず、「もしお母さんが亡くなるようなことがあったら(私が働いていた)医療機関が殺したと言いふらす」と脅しめいたことも口にしていました。

息子さんには治療が必要だと思いました。しかし精神病院と警察と国家が寄ってたかって自分を圧し潰そうとしていると、精神科医療までが妄想の対象だったので簡単に受診を勧めるわけにはいきませんでした。結局息子さんを精神科医療に繋げることができないまま、お母さんは徐々に永い眠りへと向かっていきました。

息子さんが「怖い」と感じて逃げ出してきた精神病院は一体どんなところで、どんな治療を受けさせられていたのか・・・。繰り返し何度も考えました。
息子さんが入院させられたのは、今から考えると多分50年くらい前のことだと思います。そして、恐らく私の想像の及ばないような病院だったのだろうと思います。
もし息子さんが怖い思いをすることなく治療を受けることができていたら、そしてその治療が継続されていたら、息子さんはもっと豊かな人生を生きることができたでしょうに。
妄想と幻聴に支配され、いつも幻聴と闘い大声を張り上げていましたが、息子さんはずっと苦しかっただろうなぁと今でも思います。

そして50年前と同じとは言いませんが、今でも人権侵害甚だしいひどい医療が一部では行われているという事実に驚きます。
今月号の『きょうされんTOMO』。障害者権利条約の日本審査シリーズ④日本の精神医療 強制入院の苦しみが特集されています。

強制入院経験者へのインタビュー記事の他、国立の精神病院に長期隔離され保護室で自殺をした患者さんが「精神障害者の味方」という弁護士に宛てに出した手紙、そのお父さんの告発、精神科病棟入院制度と課題について書かれています。
精神障害者や家族・医療従事者だけでなく、多くの人が読むべき一冊だと思います。