『高校生が追うネズミ村と731部隊』
まだ名古屋の医療機関で働いていた20代の頃、労働組合で知り合った一人の男性は動物飼育舎で動物の世話をする仕事をしていました。
その人と知り合った時、自分が働いている病院の中に動物飼育をする部門があるという事実にとても驚きました。どこにあるのか、その動物は何に使うのかなどしつこく聞いた記憶がありますが、結局大したことは何もわかりませんでした。飼育していた動物は確かネズミで、何らかの実験のために飼育していたのだろうと今も思ってはいます。
普段忘れているそんなことを、強烈に思い出したのはこの一冊でした。『高校生が追うネズミ村と731部隊』(埼玉県立庄和高校地理歴史研究部+遠藤光司 教育資料出版会)。

私が住んでいる埼玉県吉川市を取り巻く、春日部市・(旧)庄和町・杉戸町・幸手市・宮代町・松伏町・越谷市・岩槻市・千葉県野田市の一部の地域で明治時代からネズミの飼育が始まっていたこと。
実験動物の生産地は埼玉県の他には岐阜県が有名。しかしネズミに関しては埼玉県が全国の7割を占める圧倒的な産地だったこと。
戦時期にほとんどのネズミ生産農家を傘下に収め、独占状態を形成し、ネズミの生産出荷納入の仕組みを作り上げたのは軍とのつながりを持つ「田中」という人物だったこと。
「田中」は東京帝国大学医学部・陸軍軍医学校・陸軍獣医学校など、当時の日本の医学研究所のほとんど全てを取引先としていたこと。731部隊が細菌兵器製造に乗り出し、軍は大量のネズミを必要とするようになり、それを支えたのが埼玉県の東部地域のネズミ農家であり、「田中」だったこと。
森村誠一さんは『続悪魔の飽食』の中で「田中」を「ミニチュア版、市の商人」と非難していること。
敗戦時に731部隊が撤退した後、近隣の村に白ネズミの大群がやってきて、ペストが流行したこと。村人は終戦の混乱期にペストと闘わなければならず、多くの被害者を生んだこと。
白ネズミは自然界には存在しない生物であり、731部隊の白ネズミは日本から送られており、当時ネズミの生産地は埼玉しかなかったこと。
初めて知りました。
『続悪魔の飽食』は読んだけど、多分その頃はまだ名古屋に住んでいて埼玉県も春日部も庄和も松伏も全然知らない地名だったので、多分全然ピンとこなかったのだと思います。
庄和高校の地理歴史研究部の6人の生徒と遠藤先生は、1994年10月から翌年7月にかけて1000軒を超える飼育農家を中心に聞き取りをして、自分たちの町にとってネズミとは何だったのかを考察しました。
高校生のアンケートの結果、多くのネズミ飼育農家の方々はそのネズミがどのように利用されたかを全く知らず、細菌戦についても知らなかったそうです。
知らなかったから飼育農家に戦争責任はないのか、自分たちの仕事が何にどう使われるのか、ちゃんと知って働く責任が本来あるのではないか・・・というような課題を見つめながら、中国にも行ってペストの被害者に会ったり、TBSの「報道特集」に出演したり、731部隊でペスト蚤の飼育をしていた人にも会ったり・・・。高校生が社会的視野を広げていく過程もちゃんと描かれていて、とても興味深い一冊でした。
