『仮放免の子どもたち』
『仮放免の子どもたち 「日本人ファースト」の標的』(池尾 伸一著 講談社)を読みました。

法務省の在留外国人統計によると、二音に住む外国人は在留資格がある人だけでも25年6月末で395万人。日本の総人口に対して3.2%。
当時の法務相鈴木 馨祐氏は、日本人の人口減少が続き現行ペースで外国人が増加すると、2040年ごろには外国人の割合は10%を超えることを想定しておかなくてはいけないと発言したとのこと。日本人の人口が減少し労働力も減る中で、外国人と共生するしか国は成り立たなくなっている。
しかし外国籍の子どもたちをとことん追い詰め、一度きりの人生を台無しにしてしまうような国で、本当に共生は成り立つのか・・・ということに主題をおいたルポルタージュです。
仮放免の延長手続きに入管に行った父親との連絡が突然途絶え、強制送還されたことを知る。しかも入管で突然電気ショックのような衝撃を与えられ、手錠をかけられ、無理やり飛行機に乗せるやり方で。残された子どもは日本で生まれ育ち、母国(?)の言葉も分からないのに、それまでのくらしが断ち切られる。母国(?)に帰るしかない状態に追い込まれる。帰っても言葉も分からなければ勉強も分からない。日本で抱いていた夢は突如として断ち切られる。
大学への推薦が決まっていた高校生も、入管で手錠をかけられ強制送還される。体育の先生になりたい夢も、看護師になりたい夢も突如として断ち切られる。
4歳の子どもが「万引き常習犯」としてフェイク動画にアップされる。学校が大好きな小学生が、「学校にも行かずにウロウロしている」とまるで放置されているかのような動画に晒される。
難民申請しても認定されずに在留資格が切れてしまい、仮放免となり国保加入資格を失い、治療が必要な難病の子どもが治療を受けられずにいる。
読めば読むほど苦しくもどかしく、国の姿勢に憤りを感じる一冊でした。
第二次大戦以前、人権問題はその国の国内問題とされた。
ユダヤ人がナチスに差別され、迫害されていたにも関わらず、他の国は国内問題だからとして放置した。それぞれの国の国内法の枠を越え、人権を保障し命を守ろうというのが人権条約の発想だった。
しかし、日本政府は国際人権条約全般を軽視してきた。
市民が持つ権利を保障する自由権規約では、家族が一緒に住む権利を保障している。しかし日本はこれを尊重せず、入管庁は外国人家庭で親だけを送還し、家族をばらばらにする処分を繰り返している。
自由権規約は、人を拘束する場合は裁判所による審査を義務付けている。しかし日本政府は外国人に対しては、収容も開放も入管庁の判断だけで行っている。
難民条約についても、入管庁は難民申請者に迫害を証明する証拠の提出を求める等、認定基準を極度に厳しくしている。2024年、難民認定された人は190人。申請者全体に対する認定率は2.2%。万単位で認定している他の先進国とはかけ離れている。
子どもの権利条約についても、文科省は在留資格に関わらず小中学校では外国人の子どもを受け入れているが、入学を拒否する大学や専門学校には有効な指導はしていない。
子どもの権利条約は「子どもは意思に判して父母から分離されない」として親と一緒に住む権利を保障している。しかし日本は「入管難民法に基づく退去強制の結果として児童が父母から切り離される場合は適用されない」と宣言した上で、条約を批准した。入管庁に親だけを送還するフリーハンドを与えている。
もともと入管行政は外国人の権利を尊重する姿勢が乏しく、強権的に外国人を管理することに重点が置かれてきた。
外国人管理政策の起源は、第二次大戦前に遡る。日本が植民地として支配してきた朝鮮・台湾の人々を抑え込んできた政策から始まった。政府は特高警察を使い抵抗運動を取り締まり、日本語教育の徹底など同化政策を押し付けた。朝鮮では名前を日本風にする「創氏改名」まで強制した。
戦後はサンフランシスコ条約が発効した1952年4月28日を機に、旧植民地の人々が持っていた日本国籍を一方的にはく奪し、出入国管理を徹底した。そこに人権を守る発想はない。
2021年3月に名古屋入管で亡くなったスリランカ助成ウィシュマさんの事件は、「人権の番外地」に置かれたような非正規滞在の外国人への非人間的な扱いを代表するもの。
本来は国と国との条約である国際条約は国内で決めた法律よりも優先されるルール。優先度から言えば最も上位に憲法が位置し、次に国際条約、そして法律が続く。
ところが、裁判官や検察官・弁護士などの資格試験である日本の司法試験では、国際関係法は選択科目の一つにとどまっており、ほとんどの合格者が国際人権条約を勉強しないまま法曹資格を得る。
個人通報制度は「子どもの権利条約」「自由権規約」などそれぞれの条約ごとに適用される。日本はいずれの条約についても「個人通報制度抜き」で批准しているため、人権侵害の被害者は国連の委員会に直接訴える手段を封じ込まれている。
・・・ということを学びました(エピローグの要約です)。
問題の根は深く、解決への道のりは遠く、一方でヘイトが横行している現実を思うと暗澹たる気持ちになります。自分にできることは何なのか、まだよくわかりません。
