舞台『二つの虹』
『二つの虹』(くるみざわしん作 ひとみの会)を観ました。90分の舞台の中にいろんなお話がギュ~っと詰まっていて、瞬間的にいろんなことを考えさせられて、それなのにグッと来てジーンとする、そんなお話でした。そして精神科医ならではの視点・表現もしっかりと描かれていて、あっという間の90分でした。

魅力的だったのは、何と言っても会場でした。
北千住。私たち埼玉県東南部に住む者にとっては「いちばん近い東京」というような馴染みの場所で、駅から徒歩4分のコ―ミンカン。
古民家を改造した建物で、そこのリビングが舞台であり、客席。
私は最前列のど真ん中の席に座ったのですが、目の前50センチも離れていないようなところで演じられ、役者さんたちの本当に細かな表情の一つ一つまで見え、芝居の世界に巻き込まれていくような感覚で見せていただきました。
航空基地があったその町は何度も空襲被害に遭いました。
一番大きな空襲では、基地のすぐ近くにあって高い塀で囲まれ、しかも外から鍵が掛けられていた慰安所の「慰安婦」17名が亡くなられました。「慰安婦」たちを助けに行こうとした人はいませんでした。
けれど町の慰霊碑には、17名の名前は刻まれていません。
「ああいう場所だから」「ああいう人たちだから」。
「ああいう場所」「ああいう人たち」って、どんな場所でどんな人のことなのでしょう。
このお話は例えば「ハンセン療養所」だったり、障害者施設だったり、外国人ばかりが働かされている工場だったりしても成立してしまう気がして、そう感じたときに何か身の毛がよだつような感覚に陥ってしまいました。
「ああいう場所」「ああいう人たち」。
差別するときに使う、便利なずるい言葉だと感じます。
ストーリーの中に組み込まれていた一つのエピソードが、とても興味深いものでした。
それはその町の空襲での死者数が他の町の空襲と比較して極端に少ないのは何故かというお話しでした。
戦時中は防空法により、空襲を受けたらバケツリレーで消火に当たることが義務付けられていて、逃げることは許されませんでした。住民が逃げないよう、消火活動にあたるように見張り番をするのが少年兵たちの役割でした。しかし空襲の火をバケツリレーなんかで消せるわけがない、みんな巻き込まれて死んでいくだけだと気付いた少年兵たちが率先して軍規を破り住民を避難させ、その結果死者が激減したというお話しです。
これは実際にあったお話で、中日新聞2016年11月8日付朝刊で「軍規に反し市民逃がす」と報じられたお話とのことでした。
調べてみて、岐阜県大垣市の大垣空襲の話だと知りました。
不都合な情報を隠そうとする市長はそうした情報を口にする市民を排除しようとする。
権力を持つ人は自分で直接何かをするわけではなく、そうした素振りをみせるだけで部長が勝手に行動を起こす。部長は市長の操られ人形だから。
しかし部長も何か直接的な行動をするわけではなく、部下を動かす。でもそこにはちゃんと逃げ道があって、「命令はしていない」「部下が勝手に」と言える状況を残しておく。部下はそれがどんなに理不尽で納得いかないことであっても、上司の思惑通りに動くしか生きていく手立てがない・・・。
市長=トップが横暴であればあるほど、部下は自由に意見を述べることすらできず、理不尽を押し付けられていく・・・。
そういう日本社会の一面が「市役所」という組織を通して描かれていました。
でもその理不尽さの一番底辺にいるのは一般の市民で、その人たちは何の悪意もなく、ただ誠実に生きているだけで。
なんだか、いろんなことを考えさせられました。
