コミュニケーション

2026年05月16日

看護学校2年生では消化器・内分泌内科、血液内科、消化器外科、整形外科、泌尿器科、耳鼻咽喉科などに実習に行きました。もっと他にも行ったのかもしれませんが、思い出せません。

耳鼻咽喉科病棟で担当した方は舌がんの末期でした。
舌が口の外にはみ出してしまい、それもあってどうしても強い臭いを放ち、会話も困難で、私はその方とどうかかわって良いのか全く分かりませんでした。そして苦痛でした。
その方にはご家族がなく、床頭台に飾られた写真は一匹の飼い犬でした。
面会に来る人もなく、犬の写真を大切にするその方を見ていて、19歳だった私にもその方の「淋しい」と言ってしまうのはなんですが、気持ちが何となくわかるような気がしました。私はとにかくその方のお部屋を訪問し、隣に座るように心がけました。
たった2週間の実習でしたが、毎日通ううちに、隣に座る時間が長くなるにつれ、次第にその方との良い関係が生まれていったことを覚えています。
その方と何を話したのか今では全く思い出せませんが、実習担当の方から「とても良い実習だった」と言われたことは覚えています。
人間関係を築く、その初歩の初歩を学んだ実習だった気がします。

就職してからの私の主な職場は精神科病棟と訪問看護だったので、内科や外科など一般の病棟で働いた経験はほとんどありません。
ただ長男がまだ幼児だったころにパートで働いた病院では、内科の混合病棟を経験しました。
そこで出会った一人の胃がん末期の男性も、忘れられない人の一人です。

例えば昼食が終わった頃に私が「お食事は召し上がれましたか?」と声をかけると、「食べれるわけがないだろう!!」と怒鳴りました。
他の看護師さんにも一事が万事そんな感じで対応する方だったので、率直に言っちゃうと「厄介な人」でした。
その方が本格的に具合が悪くなり、いよいよ最期が近づいてきたとき、私にこう言ったのでした。
「あんたとは、よくケンカしたなぁ」「さよならを言う人もいないんだ」。

そして間もなく、その方は亡くなりました。
家族とも疎遠になり、面会に来る人もなく、言葉通り「さよならを言う人もいない」その方の気持ちがグッと胸に迫るような一言でした。

今週の「風薫る」。

日本で最初の看護学生たちは東京大学医学部付属病院に実習に行き、「看護」とは何かということさえ全く認知されていない環境の中で厄介者のように扱われつつ、自分たちの役割を模索していきます。

主人公の一人、りんが受け持った患者さんはとても気難しく、声をかけても返事すらしてもらえません。
それどころか「下女の分際で」と、ひどい言葉を投げつけられます。
それでも傷口をいつも擦っているその方の様子に異変を感じ、医師に「もう一度よく診てほしい」と訴えます。
その訴えも退けられてしまいますが、それでもりんは更なる異変に気付き、縫合不全だったことがわかり、再手術、そしてその方は退院へと向かいます。

患者さんと「お喋り」という名の会話ができるかどうかではなく、コミュニケーションとは何かということを鋭く描いていたように思います。
患者さんが今どのような状況に置かれ、その病状がどうなっているか。
それこそ「観察」がちゃんとできているかどうか。
そして、それこそがまさしく看護なんだと。

ドラマを観ていると、自分自身のいろんな体験を思い出します。
舌がんの方も胃がんの方も、私にとっては本当に大事な体験だったと今も思っています。 

Share