「世界が平和になるために、あなたは何ができますか?」愛知高校生ゼミナール2026

2026年07月19日

1988年から続き、今年第37回を迎えた「愛知サマーセミナー2026」に参加しました。教職員や高校生・父母や市民のみなさんによって実行委員会がつくられ、毎年開催されています。
私は友人の智恵ちゃんが高校生のみなさんと力を合わせ、満蒙開拓や戦争・平和について考える講座に参加しました。
3年前、私が追っかけをしているくるみざわしんさんと高校生のみなさんとが智恵ちゃんのサポートを受けながらこの講座が始まり、それが今回さらに進化した形で開催されました。
今回は愛知県から唯一満蒙開拓に向かった東三河開拓団の証言・語り部活動をされている橋本克巳さんと、「満蒙開拓を語り継ぐ手記朗読プロジェクト」を主宰している菅谷瑞穂さん、お二人のお話を伺いました。

私が中学3年生までを過ごした稲武町は東三河にあり、愛知県から唯一満蒙開拓団を送り出した地だと知った時は本当に驚きました。身近に「満州」「開拓団」などの言葉を一度も聞いたことがなかったのに!!
愛知県は昔から物作りの町だったけれど、「愛知県の北海道」と呼ばれる奥三河は農耕地が少なく、物作りで就職できる人も限られていて、貧乏をしている人が多かったことを知りました。
東京ドーム5~6個分の土地をただでもらえると知り、そんな言葉に騙されて橋本さんのご両親は満蒙開拓に行く決意をしました。橋本さんは当時6歳でしたが、小さな侵略者となりました。

行ったところは湿地帯で畑にも田んぼにも適さず、寒さは「痛い」と感じるほどに厳しく、そこに育つ種もありませんでした。オオカミの恐怖もありました。

当時約27万人が満州に渡り、敗戦時の混乱で命を落とした人は8~9万人と言われています。その中でも集団死を選び、首を絞め合う様子を目撃してしまったことは生涯脳裏から離れません。
「生きて虜囚の辱めを受けず」という教えが、集団自殺を支えたのだと思います。

敗戦の翌年の7月、両親が発疹チフスで立て続けに亡くなり、4歳と2歳の妹弟も目・鼻・口から蛆虫が這いだしてくるような状態で亡くなりました。今でもその瞳を忘れることができず、私の中で戦争は終わっていません。

互いに助け合い、仲良く暮らすことこそ本来の人間の姿。世界から戦争をなくくしましょう。
みなさんと共に勉強し、学び、心を育て、世界の平和を達成したいと橋本克巳さんは訴えました。

菅谷瑞穂さんもお話をされた後はグループワークでした。
参加した見ず知らずの方々と一緒にテーブルを囲み、戦争は日常の延長にあるのか、それとも非日常かという難しいテーマをいただき、みんなで話し合いました。私たちのグループには高校生がたくさんいて、「平和について、戦争について学び続けていきたい」と力強く語る姿にとても感動しました。

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